2020/11/12

ひーじーちゃん

去年、私のあれこれが滞ってるのは「(父方の)家」だね、ってことがわかった。

「家」っていう概念にまつわるエネルギー、ご先祖のエネルギー。思えば子どもの頃の私からみても父方の実家のエネルギーはもわんとしてたのだ。

で、いろいろ(←謎)やってきたんだけども、ハイライトが終了した感じがする。

ほんとうに、すごくおもしろかったのね。

私はご先祖をたどるのが好きで、母方の戸籍は数年前に集めてたんだけど、一向に進まなかった父方のほうが、9月父の3周忌が過ぎたあたりで急に「やろう」と思って進んだ。父方は引っ越してないだけあってあっという間に江戸時代のご先祖までたどれた。

そのあと、キネシの練習会でご先祖の名前で何人か筋反とってたら曾祖父が「OFF」。しかもふつうの調整では終わらず、10月末まで20日間も「んーー」と言い続ける、という謎エンディング。「aum」の響きにも似てるよねとかって。私もそう思った。

でも、入らなかった経絡が腎経大腰筋だったからね~。要でしょ。そして腎は先天、霊性、ご先祖。よくできてるよね(笑)

ちゃんと毎日「んーーー」って言ったよ。
 

言ってるうちに、曾祖父のいろんなエネルギーを感じた。お話しもした。どんなことがあったのか、少しだけ見させてもらったような気がした。

私は数年間ずっと、自分のやりたいこと(仕事)が形にできなくて、プライベートでもやりたいことをただやるっていうことができなくて、家の周りにバリアがあって外に出づらい感じとかほんとにもどかしくて、「行動できない」って悩んでいたしイライラしたり自分を責めることがあったんだけども、

ある日の夜明け頃に突然ビビビッと大量の情報が一気に下りてきて、もう詳しい内容は忘れたのだけど、とにかく「ああ、曾祖父のことが終わらないとダメだったんだ。だから私は今まで行動できなかったんだ。行動できなくても仕方がなかった。」っていうのが腑に落ちたの。

いやービックリしたよね。

行動できない=ご先祖ってことじゃなくて、これはただの私の個人的なプロセスだけれども、

あとは、10月末風くんのライブ中に曾祖父を見送ったり!

正直、「んーーー」って言ったり、曾祖父のエネルギーは感じながらも「ほんとにこれで行動できんのかー?」って思うこともあったけど、

今日は11/11か、いやーなんか…動き始めてるんだよね。「なんか知らんけど」行動が変わってる。行動が変わって気持ちが変わってる。そして、流れがスムーズなの。

つくづく、、、人って、わたしって、一人じゃないんだよね。良くも悪くも、いろんな人やいろんな存在や場とつながって生きているんだ。

夫が、私のことでキネシアロマでヒーリングしたあとで、私自身には何もしなかったのに、私が夫に対する気持ちや振る舞いが自然と変わっていて私が驚いた、っていうことも何度もあった。

ひいおじいちゃん。会ったことはないけど、あなたがいてくれてありがとう。ゆっくり休んでね。またどこかで会えたら会おうね。おつかれさま。


2020/11/01

内なる平和と炎症、とアロマ。

相変わらず、炎症がお元気。
痒みと痛みが続いて心がささくれだつ。もう数ヶ月間、日々、痛いと痒いを感じている。

…という毎日なのだけども、心の平和にフォーカスするAHを続けているうちに気づいたことがある。

炎症しんどい~~っていうところにずっとフォーカスしていると、、、私の平和、幸せ、穏やかさ、やすらぎは、炎症が終わるまでやってこないということになってしまう?!👀

それはいかんね~

とはいえ、気づいたからといって急に心の平和がやってきている、、、という都合のよい展開にはなっていないのだけども、でも、視点を転換させる一助にはなった。

いつでも、幸せはこころの内に。

昨日は「いたい」でキネシアロマを選んでみた。今日は出先にアロマを持参して、かゆみが出てきたらアロマをかいでみた。

しばらく、かゆみと痛みでキネシはしていなかったけど、またしてみようかと思えている。

少しずつ落ち着くといいな。

 

 

2020/10/30

入ってくる情報の変化

 入ってくる情報が変わってきた。

といっても日夜チャネリングしたりそれ系のメッセージということではなくて、自分が自然と目にする情報のこと。たとえばたまたま見たTVCMのフレーズとか。 そういうのを見ながら「ああ今自分はこういうタイミングなんだな」と知る。

外側にあるものが、内なるものたちの発露でしかない、という意識がAHを続けているおかげで定着しつつある。(AHが「外側で起こることは内にあるものの発露でしかない」という表現や教えをしているわけではないが。)

外を見るのは簡単だ、目は常に自分の外にあるものを見ているし、耳は外からの音を拾う、鼻も外から漂う香りを嗅ぐ。自分の身体の内側で起こっていることに意識を向けるには慣れ(くり返し)が必要で、AHはそこを感じる時間となる。

いま自分のこころはどうか?というシンプルな観察の練習。

そして、情報それはそれとして、やはりもう少し「じぶん」だけの時間を作ろう。そうすると、もうちょっとコンディションよく進んでいけるのではないかと思う。 

自分の思ったことをそのまま出せない、と停滞してる間に刻々と周りが進んでいて、ああ私も普通に出していればよかった、とちと、いやだいぶ後悔している。


どこまでいってもゆるし、だな~(罪があるってことじゃーないよ) 


2020/10/11

五行、金、秋🍎

青森で、めちゃめちゃ秋の豊かさを感じた話!

apples

 

とにかくもうりんごの木の量がすごかった!見渡す限りのりんご畑。りんごの加工工場や、加工待ちの、おおきな台車にわんさか詰められたりんごの量。あと、キラキラひかる黄金色の稲穂がずっと拡がる景色!それからトンボが大丈夫か?!ってくらいにいた。

ぜんぶが今住んでいるところでは味わえない景色で、「実りの秋」という言葉どおり、ものすごい豊かさと秋のエネルギーを全身で感じた!と同時に、五行の「金」のエネルギーがちょっとわかった気がした。

私は、四柱推命のある流派で見ると、生まれに「木火土金水」の「金」だけ持っていないらしい。
そのせいか、以前、木火土金水のエネルギーってどんなん?って1個ずつ深く感じてみたときには「金」だけイマイチ掴めず、「金」以外なら「わかる」という感覚があるのになぁ…って残念な気持ちになり、そのとき同時に「金」のエネルギーも深く知りたい!という望みを放っておいた。

そして、忘れたころに青森で、象徴的な光景を見たのだ。

ぽかんと温泉に浸かっているとき、その温泉にはたくさんの林檎がなん十個も浮いて、お湯の流れで自然と林檎がぐるぐる回っていたのだけれども、

はじめはただの林檎だと思っていたのに、あ~今こんなにたくさんの豊かさに囲まれている!と不意に涙がこみあげてきた。果実やお米は、時間をかけて育ててきたものの結晶、目に見える形でやってくる結果であり豊穣。。。

その感動をひとしきり味わったあと、あらためて、豊かさって見つけようと思えばいくらでも、どこででも見つけられる、と思って嬉しくなった。

それから、建物ばかりの中で自然を感じないで生きているひとたちも、溢れんばかりの秋の豊かさを感じられる機会があるといいなあ、とも。

五行の「金」=豊かさ、というそれだけの意味ではなくもっとたくさんの意味を持つのだけれども、ともかく、一歩進めた感じがとても嬉しかったよ♪ 


2020/09/12

赦し

ビックリぽん。

ふと「私は生きていてよい」というフレーズでON・OFFとったらガッツリOFFだった!(@_@)

oh、と思って、調整したらダブルでビックリ、いっつまで経ってもONにならんのw

アロマの数、じつに14本…光から始まり、オーラや任脈、無為自然、チャクラ、香氣、ひゃ~。


途中興味深かったのが、キリスト教の意識のなかで、髪の長い女性が「罪深き私をお赦しください」って祈ってるの。それが「赦されない」って思ってるのね、その女性。
何度か出てきたなあ。

それから。
そもそも生きていてはいけないという罪の意識がありつつの、その上で「攻撃することは、自分が正義であり生きていていいという大義名分」という歴史に繰り返された意識を感じたこと。

エンタメで殺戮シーンで生き生きとする場面、あるいは誰かをターゲットにして叩く背景にも、もしかしたらそもそも無意識の罪の意識を持ってるということがあっての生きるためのエネルギーを得てるのかな、と思ったり。

ほいで、「罪深き私」も「攻撃することは~大義名分」も私のうちにあった意識だと感じた。どこが、とか、いつ、とはハッキリわからないけど。

罪悪感は持たなくていい、っていうけども。
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」じゃないけども

罪悪感ってけっこう集合意識的に根深い意識なのかも、みんな何かしらやらかしてるし、

これは前から思ってたことだけども「一生をかけて罪を償う」って要るのかなあ?って思うんだよね、もちろん法律上は刑期ってあるわけだけども、国によって基準も違うし、

これからの時代は赦し赦されて生きている、っていう意識が強くなるとよいのかなー。

ともあれ、フタを開けてみたらビックリの調整だったよ。

2020/09/11

身体の神秘。

副腎のサプリをもう半年以上飲んでるだろうか。

その間に何度も大きな解放があり、そのたびに思ったことがある。

ああ身体は今まで待っていてくれたんだな、って。

副腎のサプリを飲むにつれ、なにか、身体の許容範囲が大きくなっているというか、今までだったら出てこられなかっただろうな、という症状や感情が出てきているんだな、というのを何度も感じた。

それをぐるりとひっくり返してあらわすならば「神様は解決できない問題は与えない」ということだし、

今まで保持(?)していてくれた身体にも、心からのねぎらいと感謝を伝えなければ。今までずっと持っていてくれてありがとう。私を壊さないように守っていてくれてありがとう。

そして一気にだーっと解決して終了することを望んだりもするけれども、やはりほとんどのプロセスは「一歩ずつ、地道に、玉ねぎの皮を剥くように」ということなのだ。

続く炎症に、とうとう去年はずっと使っていたカシミヤがイタイと感じるようになり、今はコットンも痛い。早く元に戻ってほしいな。

そして私にできるのは焦らずただ見守ること。

もしかして✨

胃のケア、小腸のケア、肝のケア、っていうのとは違って、副腎(腎)のケアって、もう一歩深いところが変わろうとしているのかもしれない。(仮説。)

ここしばらくで消化しつつある感情や気づきが、けっこう大きいものばかりなんだよね。

いずれは、以前気功治療を受けたときの「大きく広がった無敵感」あの感覚がデフォになるといいな。あれが本来の私だから。


2020/08/29

心(しん)のケアの結果。

たぶん、心(しん)のケアをしたおかげ。

先日のブログで、心(しん)のケアが必要なことに気づいたということを書いた。

心(しん)をケアする漢方薬を飲み続けた。 

その後、 心=神 にあたるデトックスがちゃんとあった。そして先日ひときわ大きなそれがあって、昨日が最後の1カプセルだった。

中医学(というか陰陽五行)の理論上では肉体と気持ちがつながっているのは当たり前だけれども、漢方薬でメンタルストレスが解放されたのは初めてだったし、今更ながらかなり新鮮な気持ちだった。

一週間ほどだったけど、飲んでよかった。

そうそう!ちなみにね、心の漢方薬を飲み終わったら「大腸、、、飲みたいな」って思った。家にある(笑)しばらく飲んでみる。

先日ちょうどキネシオロジー東京の森田さんが大腸経について書いていたので転載させていただく。

あなたは生活の中で使えなくなった「事」や「物」をずっと持っていたりしませんか?
タッチフォーヘルスの大腸経のメタファーである。
「物」と言えば「物質」であるから、古くなってしまったものや、捨てられないもののこと。
「事」と言えば出来事の事であるから、古い出来事、即ち過去の記憶や過去の思い出、後悔や辛かった感情ということになるだろう。
大腸経の大腸と言えば内臓である。
大腸にとって、古くなってしまった「物」をずっと持っている状態とは、便秘である。
では、大腸にとって、古くなってしまった「事」とはなんだろうか?
それも、やはり過去の記憶や後悔のようなものであろうか?
もしもそうであるならば、もう古くなってしまった体に留まり続けている感情が、カビを発生させたり、ガスや異臭を発生させたりすることもあるのではなかろうか?
従って、今を生きるとは、清潔でクリーンを生きるという意味を併せ持つが、「中今」と祓いの対立概念である「清浄」を古来より大切にしてきた日本神道を、東洋医学的な視点から見るならば、極めて大腸経に強く働きかける思想ということになるだろう。
ちなみに「感謝の心」もまた、大腸経に分類される。
(facebook キネシオロジー東京より)


つい、困っていることに関して、解決のために今手元にない手段を求めてしまう。

けれども、それは落ち着いてちゃんと見られていないだけで、今回はいつも見てない薬箱にヒントがあった。

今あることのなかにちゃんと解決策がある。陰陽で例えるなら、問題と解決策はセット。

それをあらためて実感するできごとでした。